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January 31, 2005

「心の芯」

 「私気に食わぬ風もあろうに柳沢かな」 (センガイ和尚 )

 柳は枝が柔らかいが丈夫な幹をもっている。 風が吹いても枝は流れるが幹はしっかりとしている―。 嫌な事をいわれたり、嫌な事があっても、心の芯をしっかり持って柔らかく柔軟な対応をしていこうと言う意味です。

 これは子どもの指導にも必要な考え方だと思います。子どもは百人十色。画一化した指導はできません。しかし、「個に対応する」といって、一人ひとりに迎合してしまっては駄目です。我慢させることも大切な教育の一つです。 子ども達が心の芯を持てるよう、最適な指導をしていかねばいけません。

  常に心にとめておきたい言葉だと思います。

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January 30, 2005

「失敗は成長の基」

 いよいよ、新しいブロックでの活動がスタートした。

 今まで積み重ねてきた経験を礎に、新たな仕事に取り組んでいる。初めての事が多い分、失敗も多々ある。しかし、その失敗が私を成長させるキッカケとなってくれている。

 「失敗した」とは、思い切ってやった証拠である。何となくやった結果であれば、それが失敗したのか成功したのかすらわからない。失敗すればその尻拭いをしなければならないが、反省し、思案し、改善し、よりよい方法を見付ける事が出来る。同じ失敗を繰り返す事のないように、日々の活動を見直す事が出来る。

 まだまだ駆け出し。思い切って全ての事に挑戦出来る時。

 失敗は成長の基である。

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January 29, 2005

「愚かなプレーヤー」

 サッカーに限らず、団体スポーツを継続することの最大のメリットは、技術だけでなく『強い体』『積極性』『協調性』が身に付くことです。しかし、参加しさえすれば、それらは必ず身に付くという訳ではありません。

 先日出場したサッカーの試合で、相手チームの一人の選手に驚かされました。彼は試合が劣勢になると、敵・味方の区別なく罵声を浴びせ、審判の判定にクレームをつけ、楽しいはずの一時をたった一人でぶち壊してくれたのです。彼はいったいサッカーを通してどんな教育を受けてきたのでしょうか。
 
 人格は幼少期に形成されます。家庭・学校・地域の教育力が弱まっている現代、スポーツは子ども達を教育する大切なフィールドの一つです。ただ、私たち指導者が真の教育力を持ち合わせていなければ、前述したような愚かなプレイヤーが誕生してしまう可能性もあります。指導者の責任は果てしなく重大です。

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January 27, 2005

「一年先・十年先・百年先」

 世界中で100年以上の歴史を持つ長寿企業が、どのように経営されているのかを調べると、「環境の変化に対して敏感である」「強い結束力があり、企業組織全体の健康状態を大切にする経営者に経営をゆだねている」「連邦型の経営を行って、現場の人々の判断を大切にしている」「資金調達に対して保守的で、質素倹約を旨としている」という共通点がある(『リビングカンパニー』(日経BP社))。

 中国の諺に、「来年のことを考えれば『金』を残せ。十年先のことを考えれば『土地』を残せ。百年先のことを考えれば『人』を残せ」がある。長い歴史の中で企業は危機に何度も直面する。その危機に対応するには強靭な人(人材)が必要になるという意味である(『プレジデント』2005年2月14日号 「ビジネススクール流 知的武装講座」)。

 上記二文は、まさしく言い得て妙。
 企業経営は、そこに所属している人たちのために、一年先、十年先、そして百年先を考えて行うべきである。

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January 26, 2005

「大変壊れやすい子ども」

 先日、『薬害』について書かれている本を読みました。風邪を治す為の薬が原因で、「脳症」という病気になるという内容です。外国では危険性が証明され使用禁止になっているような薬が、日本では医者が平気で患者になんの説明もないまま投与しているそうです。患者は知識がないため医者のことを信用して服薬しています。

 これを読んだとき、私たちの仕事もこうした危険性があるのではないかと思いました。子どもの人格形成の大切な時期に、指導者として子どもと接する。指導者のなにげない一言、叱り方誉め方が子ども達の将来に大きな影響を与えます。場合によっては、死(精神的・肉体的な)に至らしめることに繋がるかもしれない。これはけして言い過ぎではありません。まだ、精神的・肉体的に未完成な子どもは、大変壊れやすいからです。

 だからこそ、確かな知識と優れた人格を兼ね揃える為に、私たち指導員は日々学習し、精進しなければならない。それは子どもの前に立つ指導者である以上、当たり前のことだと思います。リーフラスが子どもに提供する商品とは、私達一人一人だということを忘れてはいけない。

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January 25, 2005

「継続は結果なり」

 仕事をしていて最近つくづく思うのは、「継続は結果なり」。結果が欲しと思って、数ヶ月前からアクションを起こしても遅い!求めていた結果はでません。2年間かかってやっと気づきました。しかし、今気付いてよかった。

 結果を出すためには、何事に対しても中断することなく、継続して取り組んでいかなければならない。子ども達に継続することの重要性を教えるには、自らが実証してみせるのが最高の教育と考えている。

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January 24, 2005

「出来ない理由」

 最近思うことですが、結果として「出来なかった」時は、事前に計画をたて実行した結果、「出来なかった」のではなく、事前準備なしの行き当たりばったりの行動だったためが多いように感じます。

 ついつい、「出来なかったのは○○だったから」「あのようになっていなければ出来たのに」と、外的要因を持ち出し逃げてしまいがちでしたが、「必ずやり遂げるんだ」という強い気持ちを持って事前準備を行い、「出来るまで」絶対にあきらめずに取り組んでいきます。

 そうすれば、「出来ないこと」などありません!

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January 23, 2005

「スキな人・キライな奴」

 「人間的魅力」「人望」がある人は、イヤな奴からは生まれない。好きな人だから、余計に魅かれる。あなたはその条件を満たしていますか?

 「スキな人」の十項目・「キライな奴」の十項目(小島直木さんの著書、『スキな人キライな奴』(新潮文庫)より)

 「キライな奴」は、①威張る奴 ②ケチな奴 ③冷たい奴 ④暗い奴 ⑤包容力のない奴 ⑥おせっかいな奴 ⑦自己中心な奴 ⑧形式的な奴 ⑨グチっぽい奴 ⑩思い込みの激しい奴

 「スキな人」は「キライな奴」の反対の性格を持った人になる。①人間好きな人 ②強くて逞しい人 ③先見力のある人 ④教養のある人 ⑤情のある人 ⑥優しい人 ⑦包容力のある人 ⑧ケチでない人 ⑨ネアカでない人 ⑩決断力に富む人

 「容姿のいい人」「勉強の好きな人」「お金のある人」等々、人はいろいろですね。でも、人間的魅力や人望がある人というのは、おおむねこの「好きな人」の範疇に入っている人じゃないでしょうか?あなたはこの「好きな人」の枠に入っていますか?

 人の周りには必ず人がいます。だから、「ひとりぼっちで結構!」というわけにはいきませんよね。

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January 21, 2005

「心はエネルギーの源」

 「綺麗な景色だなー」と思った事は誰にでもあるはずです。でも、 なぜその景色が綺麗だと感じるのでしょうか?本当に綺麗なのは、そう思える『心』ではないでしょうか?心が乱れているときに、どんなに美しいものをみても「美しい」と感じることはできないですよね。

 『心』は目には見えませんが、私達のエネルギーの源だと思います。 心の底から良いと信じて全力で行動すれば、周りの人々の心をも動かしてしまうパワーがあります。

  『心』は私達の毎日を支え、未来を作るエネルギーを生み出してくれるものです。だからこそ綺麗なものを綺麗に、美しいものを美しいと感じることのできる心でいたいですよね。

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January 18, 2005

「全国15拠点36グループ体制」

 いよいよ2005年の新体制がスタートした。今年から広島・岡山・兵庫・京都・愛知・神奈川・千葉・埼玉を加え、全国15拠点36グループ体制での活動となる。

 「何事も最初が肝心」―。何はともあれ思い切ってやってほしい。思い切って実行した上の失敗は次に活かされるので問題ないのだが、腰が引けての失敗は成長につながらない。今月・今週・今日・今が大切。

 「真っ白なキャンバスに思い通りの絵を描く」―。特に新規ブロックではこの感覚が必要。細部に囚われることなく、自分自身で大胆に描ききってほしい。ただ、最初の基礎となる配色を間違えてはならない。

 「人間一人では何もできない」―。他人を認め、尊重し、思いやり、協力し、企画しあう。時には意見を戦わせ、悪いところは遠慮せず指摘しあう。リーフラスの同人として協力し合いながら、明るく切磋琢磨、競争する。

 「理念の伝道」―。我々の今していること、これからすることは全て社会貢献につながる。一点の曇りも、やましさもない。日本中に、いや世界中に我々の理念を広げていこう。

 

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January 17, 2005

「箱根駅伝を走った友人」

 新年を迎えて、早いものでもう二週間がたちます。正月は「箱根駅伝」で母校を応援するのが私の恒例行事ですが、今年は母校そっちのけで駒沢大学を応援してしまいました。復路、10区で優勝のゴールテープを切った選手が、中学時代に一緒に駅伝を走っていた仲間だったからです。当時の彼はずば抜けて速かったというわけではありませんでした。私が一度だけですが勝ったことがあるくらいですから(笑)。

 けれど、彼は何をするにも一生懸命で、手を抜くことは決してない選手でした。そんな彼は、先輩・同僚・後輩のみんなから信頼され慕われていました。テレビを見ながらそんなことを懐かしく思い出していました。地道にコツコツと一つのことをやり通した人は本当に強く、最終的には結果を出すものですね。

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January 14, 2005

「ネットの匿名性」

 ネット上には数限りない情報が跋扈している。ブログでは自分の意見を自由に表明することができる。ネット先進国のアメリカではブロガーと呼ばれる人が数十万もいて、ネットでの彼ら(彼女ら)の意見表明が世論形成に多大な影響を与えている。

 しかし、ネット上の意見は仮名・匿名のものも多い。日ごろから堂々と自分の意見を言えない日本人ならではともいえるが、そのようなところから発せられる情報は、一見しっかりしたものにみえたり、信憑性が高いように(匿名での内部告発をイメージさせるため)思えたりするが、ほとんどが便所の落書きに等しく情報に値しない。

 言論はネット上といえども、誰が(どこが)発しているかを表明して行うべきものであり、表明した意見には責任を負うべきであり、全人格をかけて行うべきものである。そうでないと真の意味での「言論の自由」は勝ち取れないことを肝に銘ずべきだ―。匿名での言論活動は「狼少年」である。


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January 11, 2005

「やれば出来る」

 「私はやれば出来るんだ(出来たんだ)」「ただやらないだけで、出来ないわけではないんだ」「(自分の責任ではなく)○○だったので、出来なかったんだ」―。『やれば出来る』と言ってやらない人と、実際に「やり遂げた」人との差は圧倒的で、天地ほどの差がある。ほんの小さなことでも、一つ一つを確実に実行していくことが自分自身を変えていくことにつながるのである。以下の文章は、野村佳子著 「教育は【共育】・子どもという未来のために」より。

 とにかく肝心なことは、まず私たち一人ひとりが変わることです。自分自身をよりみつめて、人間の本質を取り戻す事です。そして、変わった自分で最も身近な家族に働きかける。家庭も必ず変わっていくはずですし、社会の基礎単位である家庭の変化は、必ず社会、世界の変革につながっていくのです。その実践を積み重ねていくうちに、自分が変わることがさまざまな状況を改善するうえで最も重要だということが、確信になってきます。そうすれば、子どもの教育の問題も含めて、すべてが必ず変わってくるはずです。

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January 09, 2005

「携帯メールとあやとり」

 小二の親戚の子とその友達が泊まりに来た。二人ともおりこうさんである。大変礼儀正しい。食事も終わって、自主的に後片付けをした後、お母さんに連絡するという。てっきり電話かと思ったが、そうではなく「携帯メール」。小二でメールができるのだ(驚)。「絵文字はどのボタン?」と、小二の子どもが尋ねる。そして、妻の携帯から無事送信(自分の携帯を持っているわけではない)。
 
 しばらくすると、二人が「あやとり」を始めた。「なつかしいなあ」…。しばし見入る。「○○ちゃん(私)とって!」「(私)・・・」。おそるおそる糸に手をやる私・・・。しかし、とれた!!幼少期にしたことは今でもできるのだ!体が、そして本能が覚えていた(笑)。「すごいな」「しかし、なんでできるんだろ?」。ウン十年前にした「あやとり」が今でもできるのだ!我ながら心底ビックリした(笑)。

 携帯メールもあやとりもできる今の小学生。たくましいかぎりである。デジタルとアナログのバランスが見事にとれている。その見事なバランス感覚を武器に、強かに逞しく、この乱世を生き抜いてくれ―。

 追伸)今でもあやとりのできる自分を見て、「幼少期の体験がその人の将来を決定する」という理論を自ら実証したような気がした。「三つ子の魂百まで」はほんまもんやで~(笑)。

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January 08, 2005

「第一反抗期」

 『第一反抗期』『自我の目覚め』などの教育用語を、教育の現場で言葉として発する場合、「およそ、こんな意味」では困る。営業用に教育用語を使うのも結構であるが、教育のプロであるならば、教育用語は正確に認識した後に慎重に使用すべきである―。以下に第一反抗期の仕組みと重要性を述べたい。

 《第一反抗期(幼児期前期・1歳半~3歳半頃)》 
 子どもが成長すると共に言葉が獲得される。欲求の満足を「泣いて」訴えていた乳児も、言葉で要求するようになる。「ママ(お母さん、来てちょうだい)」とか、「マンマ(ごはん食べたい)」というように言葉が発達すると、親もこれに言葉で答えたり、指示するようになる。やがて子どもが言葉を理解し、さらに歩行が可能になると、「危ないよ」「だめよ」「いけません」と行動を制限・禁止したり、「待っててね」「もう少しがまんしようね」と待つことを指示するようになる。これが子どもに受け入れられるには、子どもとの「絆」が形成されていることが必要となる。さらにこれらの指示に子どもが従えるようになるには、ある程度の訓練も必要になってくる。
 親はいつもすぐには子どもの要求には応えられない。したがって、子どもの要求を後回しにしたり、拒否したり、行動を制限するようになる。第一反抗期はこうして起こる。
 第一反抗期は、子どもの「自我のめばえ」といわれ、さまざまな禁止・制限を加える親の統制に対する反発として起こるものである。親の指示に従わないという形で子どもの意思があらわされる。したがって、この時期の子どもは「いやだ」を連発する。それまで親に素直であったのに、言うことを聞かないこの時期の子どもは、親にとってはやっかいなものであるが、子どもの自我の発達においては実に重要な時期である。 
 また、セルフ・コントロールの発達と形成のためにも第一反抗期は重要な時期である。なぜなら、セルフ・コントロールは、セルフ・コントロールすることを「自己決定」することが重要であるからである。他人による統制や押し付けは、セルフ・コントロールとはいえない。自分で物事を決められるようになるためには、自我の発達の大事な節目である第一反抗期が重要な通過点なのである。(参考資料 『子どもの発達とつまずき』 高野清純編)

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January 07, 2005

「怒りのエネルギー」

 今年の個人的目標の一つに、「いからない・おこらない・どならない」の三つを掲げました(笑)。怒った後にフッと、「怒りはストレスたまるな」→「怒るためにエネルギー使うのはもったいないな」→「怒りのエネルギーを他のものに昇華できないかな」の三段論法(?)により行き着いたのです(笑)。

 『怒り』は未熟者の私にとって、当たり前の感情の一つでした。しかし、怒った後の不完全燃焼な感じや後味の悪さ…。嫌なものですよね。怒るためにエネルギーを使うわけですから、そのエネルギーをもっと有効利用できるはずだと考えたわけです。

 『怒り』を感じたとき、私は唱えます。「いからない・おこらない・どならない」「一休み、一休み」と。いっきゅうさんみたいでしょ(笑)。でも、30秒後には怒りは消え、小さな達成感とともに新しい何らかの感情が自分自身を取り巻いています。これはすごい事ではないでしょうか(笑)。

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January 06, 2005

「企業活動は社会改革運動」

 自然災害が国内外を問わず起きている。にもかかわらず、日本の正月番組は吐き気をもよおすようなもののオンパレード…。

 若者達が大晦日に街中に集まり気勢を上げる。騒がずにはいられない。彼ら(彼女ら)は本能的に気付いている。何かおかしな圧力と、絶対に上昇できない仕組みの中に組み込まれた自分達の未来像に…。

 『自分の事ではない』『自分とは関係ない』―。だから、大災害があっても全て他人事。「人が困っていたら、助ける」。こんな単純なことすら忘れてしまっている。人の痛みを自分のものとして捉えられない。自然災害に不幸にも遭遇してしまったら、物理的に回復が可能なものくらいは全て元通りにしてあげればいいのだ。ここに税金を使って怒る人がいるのだろうか?

 企業活動は社会改革運動である―。少しでもよりよい社会に変える努力をしていくのが、我々の責務である。企業の拡大の意味もそこにある。2005年は社会改革への『挑戦元年』である。

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January 01, 2005

「謹賀新年」

 新年明けましておめでとうございます。

 年頭に際し、皆様のご健康と尚一層のご繁栄を心よりお祈り申し上げます。
 今年も弊社、並びに「From Leaders」を、どうぞ宜しくお願いいたします。 
      
      
               リーフラス株式会社 社員一同

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